50年代の女優男優

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昭和15年生まれの水あめ君と昭和16年生まれの綿菓子(わたがし)さんの登場です。

「さて、50年代の特に映画について、語ってくれということなんだけれども」

「懐かしいわね。あの頃は、映画全盛期だったわね。」


「今ほど娯楽がなかったかな?。テレビもまだ普及しきってなかったしね。力道山の試合がある時は近所の家のテレビの前にみんなして群がってましたよ(笑)。」

「私の家も、昭和34年頃にテレビを買ったのだけど、特にそれまでは映画館に行くのが楽しくて(笑)。」

「僕も、封切り館は高いから、少し古い映画を2本立てとか3本立てでいっぱい見てましたよ(笑)。綿菓子さんは、どんな映画が好きでした?。」

「一番懐かしいのは、やっぱり「ローマの休日」ですね。オードリ・ヘプバーンを初めて見た時は、何て可愛らしい人なんだろうってびっくりしたのを覚えてるわ。」


「ローマの休日」
(1953年)


「あの髪型は、女の子がみんな真似てましたね(笑)」

「ヘプバーンカット。実は私もやってたんです、恥ずかしながら。でも、私はあごがしっかりしすぎてて、全然似合わなかったけど(笑)。オードリーって体つきも華奢だし、すごくうらやましかったわ。サブリナルックはさすがに無理だと思ったし、やる勇気はなかったけど(笑)。水あめさんから見てオードリーってどう?」


「麗しのサブリナ」
(1954年)

「すごく可憐なひとだと思いましたね。でも、正直、僕はグラマーな人の方が好きだったから(笑)。「ノートルダムのせむし男」のジーナ・ロロブリジーダとか、ブリジッド・バルドーとか、ソフィア・ローレンとか。マリリン・モンローは新婚旅行で来日したりして大変な騒がれようだったけど、あまり好みじゃなかったなあ。ヨーロッパの女優さんが好きだったのかな?。フランソワーズ・アルヌールって人もいた。」

ソフィア・ローレン
「誇りと情熱」
(1957年)

ブリジッド・バルドー
「素直な悪女」
(1956年)

「みんな肉体派ね(笑)。グレース・ケリーとかエリザベス・テイラーはどう?」

「リズは好きでしたね(笑)。ものすごい美人だと思った。「陽の当たる場所」とか「ジャイアンツ」とか。年とともに太っちゃったけれども(笑)。」

「グレース・ケリーが、私、けっこう好きでしたね。優雅で上品な感じね。今の女優さんであんなに品のある人っていないわね。引退してモナコ王妃になった時、もう映画で見られないのがとても残念だったの。あと、ヴィヴィアン・リー!!」


「風と共に去りぬ」
(1939年)


「やっぱり「風と共に去りぬ」は、不朽の名作ですよね。何度見ても古さを感じない。ヴィヴィアン・リーはまさに絶世の美女と言うにふさわしい人だったし、スカーレット役で見せた強さとかしたたかさは最高でしたね。でも、あの映画って戦前の作品なんですよね。日本では50年代に公開されたけど。男優ではどうですか?。ジェームズ・ディーンとかマーロン・ブランドとか新しいタイプの俳優さんが出てきた時代だったけど。」

「その2人なら私はジェームズ・ディーンがよかったわ。甘さもあるし、なんだかいつも悲しそうで、「エデンの東」でもしぐさとか表情がすごくいじらしくて母性本能を刺激されたの。」

「エデンの東」
(1955年)

「当時、リーゼントとか、皮ジャン、Tシャツ、ジーパンがものすごく流行してましたね、男の子の間で。」

「あら、水あめさんもそういう格好なさってたの?」

「いやいや、僕は、どちらかというとアイビールックの方(笑)。」

「そう(笑)、実は、私も突っ張った方も嫌いではないけど、グレゴリー・ペックとかケーリー・グラントみたいな紳士に憧れましたね。もっと若手では、アンソニー・パーキンスがいました。第2のジミーなんて言われてたけど。」

「みんな正統派2枚目ですよね。モンゴメリー・クリフトとかフランスではジェラール・フィリップがいましたね。それぞれ「終着駅」とか「花咲ける騎士道」とか。」

「2人とも、すごくハンサムでしたね。それに2人ともデリケートな感じ。でも、モンティは少し暗かったかしら?フィリップは、もっと明るくて優雅な感じね。モンティもとても人気があったけど、私の好みはフィリップでした。素敵な人なのにあんなに若くして亡くなったのはとても残念でしたね。ちょうどフィリップが死んだ年に、アラン・ドロンが出てきたんです。」


アラン・ドロン
「太陽がいっぱい」
(1959年)

アラン・ドロン

「危険がいっぱい」
(1963年)

「何か運命的ですよね。「太陽がいっぱい」には強烈な衝撃を受けた。20歳の頃に見たんだけど、それまでの価値観がひっくり返るような感じでしたね。日本でも石原裕次郎とか太陽族が大ブームで、新しい価値観が生まれつつある頃だったから。」

「ドロンて、きれいな顔して野心まんまんだったでしょう?それが、時代にもすごく合ってたのね。フィリップとは対照的だったけど、とても魅力的だったわね。」

「少し時代が戻りますが、僕は「シェーン」が大好きでした。アラン・ラッドってどうですか?」


「シェーン」
(1953年)

「素敵だったわ。少し小柄だったけど、ハンサムで穏やかで。西部劇はあまり見なかったけど、あの映画だけは別ですね。」

『僕らよりも少し上の世代の男性には、ジョン・ウェインの映画が人気あったんですよね。「リオ・ブラボー」とか「駅馬車」とか。でも、「シェーン」っていう映画は、他の西部劇とは確かに何かが違ってた。やわらかいんですかね。アラン・ラッドの人気もあって女性にも受けた。あ、あと、ゲーリー・クーパーの「真昼の決闘」も良かったね。それから「ワーロック」。当時、人気の高かった、ヘンリー・フォンダが悪役でね。逆に、それまで悪役の多かったリチャード・ウィドマークが善玉で。僕、リチャード・ウィドマークがなんか好きでね。」

「渋い俳優さんだだったわね。私は、史劇をけっこうみたんです。「十戒」とか、「ベン・ハー」とか。どっちも、チャールトン・ヘストンね。ハンサムじゃないかも知れないけど、好みでしたね。誠実で、知性があって、男らしい人だったわね。「十戒」の海が割れる場面には、当時・、とても驚かされました(笑)。「ベン・ハー」は、戦車のレースの場面がすごく迫力があったわね。」


「ベン・ハー」
(1959年)

「十戒」
(1957年)


「あの頃は、史劇が大ブームでしたからね。最初に見たのは、ロバート・テイラーとデボラ・カーの「クオ・バディス」だったかな?中学の頃ですね。本物のライオンがいっぱい出て来るんですよ。」

「あの種類の映画って、ものすごく華やかな感じでしたよね。」

「セットとかエキストラとか、かなりお金をかけてる感じでしたね。今は、コンピューターグラフィックでやるみたいですよ。」

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